コラム

和紙の作り方|手漉きの工程を写真で学ぶ

更新: 紙ごよみ編集部
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和紙の作り方|手漉きの工程を写真で学ぶ

冷たい清水に沈めた繊維がふわりとほどけ、簀桁を前後に揺らすたびに水の重みが手に返ってきます。手漉き和紙は「紙を漉く作業」だけではなく、原料処理を含む下ごしらえの手仕事が仕上がりを大きく左右します。 原料処理から叩解、ネリ、紙漉き、圧搾、乾燥までの流れを、写真を添えて初めての方にもわかりやすく整理します。

冷たい清水に沈めた繊維がふわりとほどけ、簀桁を前後に揺らすたびに水の重みが手に返ってきます。
手漉き和紙は「紙を漉く作業」だけではなく、原料処理を含む下ごしらえの手仕事が仕上がりを大きく左右します。
原料処理から叩解、ネリ、紙漉き、圧搾、乾燥までの流れを、写真を添えて初めての方にもわかりやすく整理します。
ネリは「繊維を水に均等に散らすとろみ」、簀桁は「紙を漉く木枠つきの道具」として言い換えて説明します。
楮・三椏・雁皮の違いも、繊維長の数値だけでなく、丈夫で頼もしい手触り、やわらかくきめ細かな肌、つやと半透明感のある表情として結びつけると覚えやすくなります。
流し漉きと溜め漉きの違いまで含めて全体像をつかめば、体験で触れた一工程が、長い準備の先にある技術だとはっきり見えてきます。

和紙づくりは何から始まる?手漉き工程の全体像

工程の見取り図

手漉き和紙は、簀桁で紙をすくう場面だけを見ていると一瞬の仕事に見えますが、実際には原料を繊維の状態まで整える長い準備の上に成り立っています。
工程の骨格は、原料処理から原料加工、そして紙漉きへと進みます。
代表的な原料は楮・三椏・雁皮で、なかでも楮は11月から12月ごろに刈り取り、4尺ほどに切りそろえる例があります。
ここでまず枝を集め、蒸して皮をはがすのは、外皮のままでは紙にしたい靭皮繊維へ届かないからです。

皮をむいた原料は、次に煮熟へ進みます。
アルカリ分を用いて煮ることで繊維をやわらかくし、余分な成分を落としやすくして、その後の精製へつなげます。
この段階が足りないと、あとで叩いても繊維がほぐれず、紙肌にむらが出やすくなります。
煮たあとは水にさらしてあくを抜き、目で見ながら塵を取り除きます。
白く見える紙でも、実際の現場ではこの塵取りが仕上がりを左右します。
小さな皮片や黒い筋が残ると、そのまま紙面の表情として現れるからです。

塵を除いた繊維は叩解に回されます。
繊維を短く切るというより、たたいてほぐし、表面をけば立たせるようにして、互いに絡み合いやすい状態へ整えます。
楮の平均繊維長は7.3mmで、一般的な木材パルプの約2mm前後より長いので、きちんとほぐれたときの結びつきが強く、薄く漉いても腰のある紙になりやすいのが特徴です。
その繊維を今度は水の中で均一に漂わせる必要があり、ここでネリが入ります。
ネリはトロロアオイなど植物由来の粘液で、繊維が水中で一か所に沈んだり固まったりするのを抑えます。

その準備を経て、ようやく紙漉きです。
簀桁は木枠の桁とすだれ状の簀からなり、ここに紙料をすくって層をつくります。
流し漉きでは、ネリの入った紙料を前後左右に揺らしながら、薄い繊維の膜を何度も重ねていきます。
繊維がよく分散しているからこそ、揺りの動きで一枚の均一な層へ育っていきます。
溜め漉きでは紙料をすくって比較的静かに水を切り、厚みのある紙をつくりやすい流れになります。
冬場の工房でこの工程を見ると、澄んだ水の冷たさが指先に長く残り、水が簀から落ちる音だけで、いま繊維の層が立ち上がっているとわかる瞬間があります。
目で追うより先に、音と手応えで紙の気配が返ってくるのが、手漉きの面白さです。

漉き上がった紙は、そのままでは水分を多く含んでいるので、紙床に重ねて圧搾し、水を抜きます。
ここで余分な水が抜けると、紙の形が安定し、乾燥工程へ移せます。
乾燥は板や金属面に貼って行うことが多く、張り付き方や乾く速度が紙肌に影響します。
乾いたあとに耳を整えたり、表面を見たりする仕上げが続き、一枚の和紙になります。
写真を入れるなら、番号付きの全体工程フロー図があると流れを追いやすく、手漉き現場の俯瞰写真では漉槽、簀桁、作業姿勢が同時に見える構図だと理解が一段深まります。

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手漉きと機械漉きの違い

手漉きと機械漉きの差は、単に「手で作るかどうか」ではなく、繊維の動きをどこまで人が直接制御するかにあります。
機械漉きは連続した工程のなかで大量生産と均一性を確保しやすく、寸法や厚みをそろえた紙を安定して作れるのが強みです。
一方の手漉きは、ネリの効き方、水の流れ、簀桁の揺らし方、重ねる回数といった要素が紙の表情にそのまま出ます。
同じ原料でも、繊維の寄り方や耳の出方、光に透かしたときの揺らぎに作り手の手加減が残るわけです。
自動化の度合いが違うため、量と均一さでは機械漉きに分があり、個々の紙の表情や手仕事の痕跡では手漉きに独自の価値があります。
なお、2014年にUNESCOの無形文化遺産へ登録されたのは和紙全体ではなく、石州半紙・本美濃紙・細川紙に関わる手漉き技術です。
この点を押さえると、「和紙」という大きなくくりの中でも、評価されているのがどの技術なのかを取り違えずに見られます。

冬に紙漉きが行われやすい理由

紙漉きが冬に行われやすいのは、寒い時期の水と原料の状態が工程に合っているからです。
水が清浄で、ネリや処理済みの繊維が傷みにくく、雑菌の繁殖も抑えやすいので、紙料の状態を保ったまま漉きの仕事に集中できます。
ネリは繊維を均一に散らす要の存在なので、ここが傷むと地合いが乱れ、薄い紙では差がそのまま出ます。
原料を触る手にはこたえる季節ですが、その冷たさが工程の安定と引き換えになっています。
冬の工房で張りつめた水に手を入れると、冷気で感覚が研ぎ澄まされ、簀桁を返したときの水切れの音がいつもより輪郭を持って聞こえます。
あの澄んだ音がそろっている日は、紙面の地合いも素直に整っていくことが多く、季節と技術が切り離せない仕事だと実感します。

原料づくり|楮の収穫から白皮づくりまで

刈り取りと蒸し

和紙づくりの出発点は、簀桁の上ではなく畑や山の原料場にあります。
楮は落葉後の11〜12月ごろに刈り取り、4尺、つまり約1.2mほどに切りそろえる例が知られています。
葉を落としたあとの楮は樹皮の状態が見やすく、冬の仕事として次の工程へつなぎやすい時期です。
この季節の収穫と原料処理の流れが基本です。

刈り取った楮は、そのままでは皮が固く密着しているため、まず蒸します。
蒸気を当てることで表皮と木質部の間がゆるみ、あとで皮をまとまって剥がせるようになるからです。
工房の写真で、蒸し桶から白い湯気が立ちのぼる場面がよく使われるのは、この工程が原料づくりの節目だからでしょう。
蒸し上がった枝から皮を引くと、抵抗がふっと抜けて、するりと長く外れる感触があります。
紙になる前の素材なのに、すでに繊維の素直さが手に伝わってくる瞬間です。

ここで扱う原料がなぜ楮中心なのかも見えてきます。
楮の繊維長は目安で7.3mmとされ、木材パルプの約2mm前後より長く、薄く漉いても繊維どうしがよく絡みます。
障子紙や表具、奉書紙まで幅広く使われてきた背景には、この丈夫さがあります。
一方、三椏は繊維が細く柔らかく、雁皮は平滑さと光沢に特色がありますが、収穫後の扱い方や皮の性質は楮と同一ではありません。
楮が「和紙原料の基本形」として語られるのは、量・用途・工程の組み立ての面で中心に位置してきたためです。

皮剥ぎ:黒皮から白皮へ

蒸した楮から剥いだばかりの皮は、まだ外側の樹皮を含んだ黒皮です。
名前の通り、表面には黒褐色の外皮が残っており、このままでは紙にすると色むらや異物の原因になります。
そこで乾燥や水仕事を挟みながら、外側の層を削り落とし、繊維質の部分を取り出していきます。
こうして整えたものが白皮です。
黒皮から白皮への変化は、和紙づくりが「木の皮を紙へ近づける」仕事だと実感させる工程でもあります。

白皮にした楮は、見た目にも印象が変わります。
黒皮の荒さが消え、淡い生成り色に近い、素朴な艶が現れます。
指先で触れると、つるつるというより、きめの細かな繊維がそろっている感触です。
あの静かな光り方を見ると、のちに紙になったときの柔らかな照りまで想像できます。
写真で黒皮と白皮のビフォーアフターが並ぶと、同じ楮でもここまで表情が変わるのかと驚かされます。

この工程は見た目を白くするためだけではありません。
外皮や傷んだ部分を丁寧に除くことで、煮熟の効き方がそろい、仕上がりの紙面も安定します。
和紙の価格が原料の手間に左右されるのは、まさにこのあたりです。
歩留まりを気にして皮を多く残せば作業は早まりますが、紙面には雑味が出やすくなります。
反対に、白皮づくりを細かく行うほど、使える繊維だけを選び抜くことになり、原料は減っても紙の質は澄んでいきます。

三椏と雁皮も同じく樹皮の繊維を使いますが、楮ほど単純に黒皮から白皮へという感覚では語れない場面があります。
三椏は枝の皮が比較的しなやかで、印刷向きのやわらかな紙質につながります。
雁皮は自生品への依存が大きく希少で、表面の平滑さや艶を活かす方向で扱われます。
水戸紙店の『和紙とは(楮・三椏・雁皮)』でも、原料ごとの繊維長と性質の違いが整理されています。

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煮熟・あく抜き・塵取りの精製

白皮になった楮は、ここからさらに煮熟へ進みます。
アルカリ性の灰汁などを用いて煮ることで、繊維のまわりに残る不要な成分を抜き、のちの叩解や紙漉きに向く状態へ近づけます。
煮熟の役目は、単に柔らかくすることではありません。
繊維だけを扱えるようにして、紙の層を乱す不純物を前もって減らすことにあります。
原料の下ごしらえが和紙づくりの大半を占めると言われるのは、この見えにくい精製工程が何段階も続くからです。

煮たあとの楮は水にさらしてあく抜きを行います。
ここで煮液や溶け出した成分を流し、繊維を清浄な状態へ戻します。
冬の澄んだ水の中で白皮がふわりとほどける様子には、紙になる前の静けさがあります。
洗いが足りないと色味や風合いに濁りが残り、反対に丁寧にさらした原料は、光にかざしたときの抜けのよさにつながっていきます。

そのうえで欠かせないのが塵取りです。
繊維の束の中から、皮のかけら、節、黒点になりそうな異物を一つひとつ取り除く作業で、工房ではピンセットや指先で根気よく続けられます。
地味に見えて、紙面の欠点を未然に防ぐ要の工程です。
漉き上がってから黒点に気づいても取り返しはつきません。
塵取りの時点でどれだけ異物を拾えたかが、紙の清らかさを左右します。
拡大写真で“塵”をつまむ場面を見ると、一枚の白い紙の中に、どれほど細かな選別が折り重なっているかがよくわかります。

楮・三椏・雁皮はいずれも靭皮繊維の原料ですが、煮熟や精製の勘どころは同じではありません。
楮は丈夫で用途が広いぶん、原料処理の基本を学ぶのに向いています。
三椏はやわらかく、きめ細かな紙肌へつながりやすい原料です。
雁皮は平滑さと半透明感に秀でる一方、原料そのものが希少です。
国内の楮生産量が1965年の3,170トンから2019年には36トンまで減ったという数字を見ると、原料を育て、選り分け、精製する仕事そのものが、和紙の価値を支えていると感じます。
紙は漉くところが華やかに見えますが、その前段にあるこの長い準備こそが、一枚の質感と価格にまっすぐ結びついています。

ネリとは何か|トロロアオイが果たす役割

ネリの正体と働き

和紙づくりで出てくるネリは、名前の響きから接着剤のようなものだと思われがちですが、実際は糊ではありません
役目は紙を貼りつけることではなく、水の中で繊維をばらけた状態に保つことです。
初心者向けに言い換えるなら、ネリは「水の中で繊維を浮かせる助っ人」です。

成分としては粘質多糖を多く含むとされ、トロロアオイ由来のネリにカラクチュロン酸などが含まれると報告されています(出典例: アワガミファクトリー)。
ただし化学組成の詳細は資料によって差があるため、ここでは「~と報告されている」という慎重な表現に留めます。
この“とろみ”が水の流れ方を変え、繊維が一気に沈むのを抑えます。

指先で漉き水をそっと掬ったとき、さらさらではなく、かすかに“とろり”と糸を引くような抵抗が残ることがあります。
あの微妙な手応えが出ると、ネリがちゃんと効いて、繊維が水の中に落ち着いたと感じます。
見た目はほとんど水なのに、手だけが違いを覚える感覚です。

流し漉きとの関係

ネリの働きがもっとも生きるのが、流し漉きです。
流し漉きは簀桁を前後左右に揺らしながら水を動かし、薄い繊維層を何度も重ねていく日本独自の代表的な技法で、ネリを用いる方法として整理されています。

ここでネリがないと、長い繊維は水の動きに対して素直に広がらず、沈んだり偏ったりします。
反対にネリが入っていると、楮のような長い繊維でも漉槽の中でふわりと漂い、簀の上へ薄く均一に乗ってきます。
前の工程でほぐした繊維を、今度は水の中で散らしたまま保つ。
その橋渡しがネリです。

流し漉きは、一度ですくって終わるのではなく、水を切りながら繊維層を重ねるところに特徴があります。
だからこそ、繊維が最初から均一に散っていないと、重ねるたびにムラが増えていきます。
ネリはその逆で、一回ごとの揺りで薄い層を整え、重ねるほど面がそろう状態を支えます。
薄いのに破れにくい和紙が成立する背景には、原料の長さだけでなく、この水の制御があります。

体験施設では紙をすくう場面だけが中心になりがちですが、本格的な工房でネリ調整がひとつの工程として扱われるのはこのためです。
漉き手にとっては脇役ではなく、簀桁の動きと一体になった素材です。
トロロアオイの根を水に浸して“トロ”を引き出す写真を見ると、紙づくりの前にまず水の性質を整えていることがよく伝わりますし、ネリを加える前後で液の粘りがどう変わるかを見比べると、その差は視覚的にも理解できます。

流し漉き(ナガシズキ)とは? 意味や使い方 - コトバンク kotobank.jp

濃度調整の勘どころ

ネリは入っていればよいわけではなく、濃度の見極めに漉き手の勘が出ます。
薄すぎると繊維がすぐ沈み、簀ですくったときに場所ごとの密度がそろいません。
紙にすると、厚いところと薄いところが同居した、落ち着かない紙面になります。

一方で濃すぎると、今度は水が切れません。
流し漉きでは、すくって揺らし、余分な水を抜きながら層を整えていきますが、ネリが強すぎると排水が遅れ、手のテンポが崩れます。
簀桁の上に水が長く残るぶん、狙ったリズムで次の動きへ移れず、層の重なり方にも鈍さが出ます。
紙面の均一さは、繊維の分散と排水の速さの両方が噛み合ってこそ生まれます。

この見極めは、数値というより感覚の積み重ねに近いものがあります。
漉き水を持ち上げたときに、ただ重いだけではだめで、指先からするりと落ちつつ、少しだけ粘りが残る。
その境目に収まると、繊維は沈まず、しかも水は仕事の速度についてきます。
ネリの調整は地味ですが、ここが決まると簀桁を動かしたときの水の返りが整い、紙面にも迷いの少ない表情が出ます。

初心者がネリでつまずくのは、「とろみがある=糊」と受け取ってしまうからかもしれません。
実際には、紙をくっつける材料ではなく、繊維を均一に散らしたまま、流し漉きの動きに乗せるための水の調整役です。
その正体が見えると、和紙づくりで水そのものが道具の一部になっていることまで、ぐっと理解しやすくなります。

紙を漉く工程|簀桁を揺らして一枚の紙になるまで

道具:簀・桁・漉槽の役割

紙漉きの場面を理解するには、まず道具の関係を頭の中で立体的に置くと見通しがよくなります。
簀桁はひとつの道具名ですが、実際にはが組み合わさっています。
桁は外周を受ける木枠で、紙の大きさと形を決める骨組みです。
簀はその内側にはまる、竹や樹脂で作られたすだれ状の面で、水を落としながら繊維を受け止める場所です。
木枠だけでは水も繊維も支えられず、簀だけでは紙の輪郭が定まりません。
この二つが一体になって、はじめて「一枚を漉く面」が成立します。

もうひとつ欠かせないのが漉槽です。
ここには、前段で整えた繊維と水、そしてネリが入っています。
見た目は静かな槽でも、中では繊維が沈まず偏らずに漂うように調整されていて、漉き手はその液を簀桁で汲み上げます。
コトバンクの『流し漉きとは』が示す通り、流し漉きはネリを用いて水の中の繊維を扱う技法で、簀桁の動きはこの漉槽の状態と切り離せません。

写真で見るなら、簀桁そのものだけでなく、桁の縁から水が筋になって切れていく瞬間が入っていると理解が深まります。
あの細い水筋には、どれだけ水を残し、どれだけ抜いたかがそのまま表れます。
簀桁を引き上げた一瞬、紙層が朝霜のようにきらりと透けることがあり、薄いのにふっと腰がある手応えが残ります。
紙はまだ水の中にあるのに、すでに「面」として立ち上がり始めている。
その不思議さが、道具の働きをいちばんよく伝えてくれます。

流し漉きの三動作

流し漉きは、ただ一度すくう作業ではありません。
化粧水(初水)調子捨て水という三つの動きが連なって、一枚の紙面が整います。
連続写真で追うと、前後揺りと左右揺りがどこで入るかがはっきり見えて、手の中で何が起きているかをつかみやすくなります。

最初の化粧水、あるいは初水は、簀をしっかり濡らして紙層の受け皿を整える動作です。
乾いた簀にいきなり本漉きの繊維を乗せるのではなく、まず水をなじませ、最初のごく薄い層を均一につくることで、その後の繊維が落ち着く土台ができます。
写真では地味に見える場面ですが、この一手を飛ばすと、繊維が最初の接地面で乱れ、後の重なりにも影が残ります。

続く調子が、流し漉きの中心です。
簀桁を前後に送り、左右にも振って、水と繊維を簀の上で動かしながら絡ませます。
前後揺りでは水を走らせて繊維を重ね、左右揺りでは偏りをならして面を整えます。
静かに置くのではなく、あえて水を動かすことで、薄い層が一枚ずつ重なっていきます。
ここで見たいのは、簀の上の水面がただ波立つのではなく、繊維を含んだ膜として往復する様子です。
化粧水・調子・捨て水の三カットを並べると、調子の場面だけ水の表情がぐっと濃く見えるはずです。

調子のあとに入る捨て水は、余分な水と、必要以上に残った繊維を落として厚みを整える動きです。
ここで「捨てる」といっても、紙を壊すのではなく、狙った厚みに寄せるための絞り込みに近い作業です。
水を切る方向と角度が決まると、桁の縁から落ちる水が細くそろい、紙面も締まります。
逆にここが甘いと、厚みの揺れがそのまま残ります。
流し漉きは調子で積み上げ、捨て水で研ぐ、と言い換えると動作の意味が見えやすくなります。

厚みと層のコントロール

手漉き和紙の厚みは、一回ですくった量だけで決まるわけではありません。
どれだけ層を重ねたか漉槽の中の繊維濃度がどうか、そして簀からどの速度で水が抜けるかが組み合わさって決まります。
薄くしたいなら単純に原料を減らせばよい、という話ではなく、薄くても面としてつながるだけの層をどう作るかが要になります。

流し漉きでは、調子の回数を重ねるほど層が積み上がります。
ただし回数だけ増やしても、漉槽の濃度が高すぎれば一度ごとの乗りが重くなり、思ったより早く厚くなります。
反対に濃度が薄く、水切れも速すぎると、層が十分につながる前に排水が進み、紙面が痩せて見えます。
漉き手が見ているのは「何回すくったか」だけではなく、一回ごとの層の薄さ排水のテンポです。

この精密さを実感する例として、薄葉紙の代表である土佐典具帖紙は厚さ約0.03mmとされます。
そこまで薄い紙が面として成立するのは、繊維を一度に厚く積むのではなく、きわめて細い層を整えて重ねているからです。
手に取ると、光を通すほど繊細なのに、ただ頼りないだけの薄さではありません。
簀桁の上で層が整った紙には、薄さと強さが同居する独特の張りがあります。

写真でこの違いを伝えるなら、前後揺りと左右揺りがわかる連続カットに加えて、捨て水のあとに紙面がどう締まったかまで追えると理想的です。
水が抜ける途中の紙層は、まだ完成前なのに、繊維の重なり方がすでに表情として見えています。
厚みの調整は数字を足し引きする感覚より、水の中で層を育て、最後に余分を削る感覚に近いものです。
そのため同じ薄手でも、ただ薄い紙と、薄くて腰のある紙では、簀の上での水の扱い方がまるで違ってきます。

流し漉きと溜め漉きの違い

操作・工程の差

流し漉きと溜め漉きの違いは、まず漉槽の中の水の扱い方に表れます。
流し漉きではネリを加えた紙料を簀桁で汲み、前後左右に揺らしながら、ごく薄い繊維層を何度も重ねていきます。
水を動かすこと自体が工程の中心にあり、繊維を散らし、寄りをほどき、面としてそろえる動作が一続きになっています。
全国手すき和紙連合会の「『流し漉きと溜め漉きの違い』」でも、流し漉きはネリを用いて繊維を均一に保ちながら漉く技法として整理されています。

これに対して溜め漉きは、基本としてネリを用いず、簀桁ですくった紙料を槽内で沈静化させながら一枚の層を作っていく方法です。
例外的に少量のネリを補助的に使う場合はありますが、考え方の軸は「水を流して層を重ねる」より、「一度すくった繊維を落ち着かせて一枚を形にする」にあります。
流し漉きでは捨て水まで含めて厚みを削り込みますが、溜め漉きでは一回のすくいで生まれる厚みがそのまま紙の表情になりやすく、動きの性格が対照的です。

湿紙の扱いにも差があります。
流し漉きは薄い層を連続して作るので、紙床に移した湿紙を次々と“めくる”ように扱い、重ねた状態で工程を進めやすいのが特徴です。
薄葉でも層のまとまりが保たれるのは、ネリが繊維の偏りを抑え、揺りのなかで紙面が均されているからです。
溜め漉きは一枚ごとの厚みが出やすく、漉いた瞬間に一枚の存在感が立ち上がるぶん、手に伝わる重さや水分の含み方も異なります。
同じ「手で漉く」でも、流し漉きが薄層の反復で面を育てる技法なら、溜め漉きは一枚の量感を静かに定着させる技法だと捉えると見通しが立ちます。

写真で差を見せるなら、同じ原料で漉いた薄葉の流し漉きと厚手の溜め漉きを光に透かした比較がよく効きます。
加えて、ネリを入れた漉槽と入れない漉槽で、簀桁の縁から水がどう切れるかを並べると、工程の違いが手触りの問題ではなく、水そのものの振る舞いの差として見えてきます。

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紙質・用途の傾向

紙質の傾向も、両者の工程差をそのまま引き受けています。
流し漉きの紙は、薄くても繊維がむらなく行き渡り、引き締まった面になりやすいのが持ち味です。
繊維が水中で均一に漂い、揺りのなかで何層にも重なるため、薄紙でも弱々しくならず、むしろ張りと強さが同居します。
光にかざすと、繊維の雪が均一に舞っているように見える紙がありますが、あの静かな透け方は流し漉きならではです。
表面も比較的なめらかに整いやすく、薄葉紙、障子紙、表具用の紙など、均質さと強さを両立したい場面と相性が合います。

溜め漉きの紙は、比較的厚手で、ふくよかな量感を備えた仕上がりになりやすい傾向があります。
繊維が一枚の中にゆったりと収まり、面の中にわずかな起伏や含みが残ることで、掌にのせたときのやわらかな充実感が生まれます。
透過光で見たときの表情も、流し漉きのような均一な薄層の連なりとは違い、厚みのあるところと繊維の溜まりが穏やかな陰影になります。
手で触れたときの“ふくみ”が心地よいのは、この厚みと繊維の抱え込み方に由来しています。

この差は見た目だけではなく、繊維の配向や絡み方にも関わります。
流し漉きでは、水を往復させるなかで繊維が面内に広がり、絡みが細かく行き渡るため、表面の平滑性や薄さの均整が出やすくなります。
溜め漉きでは、一度に形成される層の厚みが紙の骨格になり、密度のむらまでも含めて一枚の表情になります。
どちらが優れているという話ではなく、透け感を生かしたいのか、厚みのある柔らかさを求めるのかで、向く用途が分かれます。

日本独自の発達としての流し漉き

流し漉きが特別なのは、単に薄い紙を作れるからではありません。
ネリを用い、簀桁の揺りで繊維層を重ねていくこの方法が、日本で独自に発達した技法として位置づけられている点にあります。
「流し漉きとは』」でも、日本で発達した代表的な手漉き技法として説明されており、紙を「すくう」だけでなく、「流し、重ね、整える」発想そのものが和紙の個性を形づくってきたことがわかります。

日本の手漉き和紙技術が評価される背景にも、この繊細な制御があります。
文化財として扱われる和紙の文脈では、単に古い手仕事が残っているというだけでなく、繊維をどう分散させ、どう重ね、どう乾かして一枚の質に結びつけるかという技術体系が見られています。
無形文化遺産として登録されているのも「和紙一般」ではなく、石州半紙・本美濃紙・細川紙に連なる具体的な手漉き技術です。
その核に、流し漉きで培われた薄さ、強さ、均質さの追求があります。

実際に紙を見比べると、この歴史的位置づけは理屈だけでは終わりません。
流し漉きの紙を光に向けたときの、むらなく散った繊維の気配には、操作の反復がそのまま残っています。
一方で、溜め漉きの厚手の紙を掌に受けると、繊維をたっぷり抱えた紙のぬくもりが先に立ちます。
日本独自に発達した流し漉きは、薄さを競う技法ではなく、水の中で繊維を制御して紙質を磨き上げる技法として受け継がれてきたのだと、こうした対比から実感できます。

圧搾と乾燥|漉いたあとの紙はどう仕上がる?

圧搾:水を抜き、紙を締める

漉き上がった紙は、そのまま一枚ずつ乾かすのではなく、まず湿った状態のまま積み重ねられます。
紙と紙のあいだには敷紙をはさみ、いわば“貼り重ね”の層を作っていくわけです。
写真で見せるなら、この断面がよく効きます。
薄い湿紙が何枚も整然と重なっている様子を見ると、紙づくりが一枚ごとの孤立した作業ではなく、層を管理する工程だとわかります。

ここから行うのが脱水と圧搾です。
手押しのプレスをかけると、重なった湿紙のあいだから水が筋になって落ちてきます。
見た目には単純な水抜きですが、役割はそれだけではありません。
圧力が加わることで、漉いた直後にはまだゆるく結びついていた繊維の層が締まり、紙の骨格が落ち着いていきます。
前段でつくった薄い層がここでばらけず、一枚の紙として密度を持ちはじめるのです。

この工程の繊細さは、極薄紙でいっそう際立ちます。
たとえば土佐典具帖紙は厚さ約0.03mmとされるほど薄く、紙というより繊維の膜に近い感覚があります。
ここまで薄い紙では、水を抜きすぎれば貼りつきや歪みが出やすく、甘ければ次の乾燥で面が落ち着きません。
圧搾は単なる中間処理ではなく、漉きの精度を仕上がりへ受け渡す関門として働いています。

乾燥:板干しと鉄板乾燥の違い

圧搾を終えた紙は、次に乾燥へ進みます。この段階で紙の表情はもう一段変わります。乾燥は仕上げの一部ではなく、紙質を決める工程の中心にあります。

代表的なのが板干しです。
湿紙を木の板にぴたりと貼りつけ、自然に乾かしていく方法で、張り込みの手つきそのものが仕上がりを左右します。
板の面に密着させながら乾かすため、紙は伸びすぎず、縮みすぎず、穏やかに形を整えていきます。
乾いたあとに板から剥がす瞬間、紙がふわりと空気を含むような小さな音を立てることがあります。
あの一瞬には、水の膜だったものが一枚の紙へ戻る感触があります。
木板で乾いた紙には、板目の微細な凹凸がごく淡く移り、しっとりした面持ちが残ります。

一方の鉄板乾燥は、加熱した面で水分を飛ばしていく方法です。
仕上がりは板干しとは対照的で、面がそろい、平滑で、張りの立った印象になります。
木の気配を写し取る板干しに対して、鉄板乾燥の紙は輪郭が明快です。
指でなでると、板干しにはやわらかな温度があり、鉄板で乾いた紙にはガラスをすべらせるような滑りがあります。
同じ繊維でも、乾かし方が変わると、触れた瞬間の印象まで別の紙になります。

写真では、板への張り込み、乾燥後に端から静かに剥がしていく場面が並ぶと、この違いが伝わりやすくなります。
乾燥は水分を飛ばすだけの終盤工程ではなく、どの面を紙の顔にするかを決める作業でもあります。

手触り・表情の最終調整

圧搾と乾燥を経た紙は、ここでようやく最終的な手触りを持ちます。
板干しの紙は、表面にわずかな含みが残り、掌にのせるとしなやかさが先に立ちます。
光の返り方もやわらかく、平滑でありながら、どこか繊維の息づかいが見える面になります。
とくに木板由来の細かな表情が生きている紙は、光に透かしたときだけでなく、斜めから見たときの陰影にも深さが出ます。

鉄板乾燥の紙は、反対に面の揃い方が明快で、ぱりっとした腰が出ます。
光沢も出やすく、刷りや筆記の際に表面の挙動が読みやすい紙になります。
印象としては「硬い」のではなく、繊維がよく締まり、紙面の反応がはっきりしている状態に近いです。
用途でいえば、やわらかな含みを生かしたい紙と、平滑性や輪郭の立ち方を優先したい紙とで、乾燥法の選択に意味が出てきます。

💡 Tip

紙の違いは見た目だけでなく、指先の情報でよくわかります。目を閉じてなでると、板干しは繊維の奥に少し空気を抱え、鉄板乾燥は表面そのものが先に触れてきます。

漉きの段階で整えた繊維の層は、この圧搾と乾燥を通ることで、触感、光沢、平滑性として現れます。
紙漉き体験では省略されがちな部分ですが、完成した一枚に「その紙らしさ」を与えているのは、この静かな後工程です。

原料で変わる和紙の表情|楮・三椏・雁皮の違い

繊維長と紙質の関係

和紙の表情を決める要素はいくつもありますが、入口としてつかみやすいのが繊維の長さです。
原料の繊維が長いほど、紙の中で繊維どうしが絡み合う区間が増え、薄く漉いても面として踏みとどまる力が出ます。
前の工程で見てきた叩解やネリの働きも、この「絡み合える素材」をどう生かすかに関わっています。

数値の目安を並べると、違いははっきり見えてきます。

原料平均繊維長の目安紙質の傾向
7.3mm長く太めで強靭。薄くても腰がある
三椏3.2mm細かく柔らかい。緻密で上品な面になる
雁皮5.0mm平滑で艶が出やすく、締まった紙質になる
木材パルプ約2mm前後均一性は高いが、和紙とは繊維の見え方が異なる

楮は木材パルプより長さで大きく上回るため、同じ「薄い紙」でも印象が違います。
手に取ると、ただ軽いのではなく、内側に骨が通っているようなコシがあります。
実際に光へかざすと、楮の紙は繊維の流れが筋目の陰影として立ち上がり、紙の中に細い梁が何本も走っているように見えます。
見た目の素朴さはありますが、その素朴さがそのまま強さにつながっています。

三椏は楮より繊維が短く細いため、面がぐっと整います。
透かして見ると、楮のような筋の主張は前に出ず、薄いベールが重なったようにやわらかく光を受けます。
触れたときの印象も、繊維の存在を感じるというより、きめの細かい層が指先に沿ってくる感覚です。

雁皮はその中間的な長さを持ちながら、仕上がりは独特です。
繊維がよく締まって面が平らに見え、光に向けると、薄いガラス片にごく淡い艶をのせたような見え方になります。
和紙なのにどこか鉱物的な静けさがあり、この原料だけ別の品格を持っていると感じる場面があります。

写真で見せるなら、三原料の繊維を拡大した顕微鏡イメージと、同条件で漉いた紙を光に透かした比較があると、この差は一目で伝わります。
繊維長の数字は抽象的でも、透過の仕方と艶の出方を並べると、素材の個性が紙の顔にどう現れるかが腑に落ちます。

原料別の用途と手触り

原料の違いは、仕上がりの美しさだけでなく、どこに使われてきたかにも直結しています。
楮は丈夫さが前に出るため、障子紙、表具、奉書紙など用途の幅が広く、和紙の基本形として語られることが多い原料です。
薄く漉いても頼りなくならず、指でつまんだときに筋の通ったコシがあります。
表面にわずかな繊維感が残っていても、それが粗さにはならず、むしろ紙に骨格を与えています。

三椏は、細かく柔らかな繊維がつくる緻密な面が持ち味です。
印刷との相性がよく、紙幣の文脈で名前が挙がるのも、この滑らかさと光沢の出方によります。
手触りをたとえるなら、肌に吸いつくようななめらかさです。
指が表面をすべるというより、紙の側が少しだけ指先に寄ってくる感触があり、やわらかな光を抱えた上品さがあります。

雁皮は、平滑さと光沢で際立ちます。
古い記録用紙や日本画、文化財修復の文脈で重んじられてきたのは、面の締まりと保存性の高さがあるからです。
虫害にも強いとされ、長く残すことを前提にした紙として扱われてきました。
触ると、三椏のやわらかさとも楮のコシとも違い、微光沢のすべりが先に立ちます。
すべるのに冷たくはなく、表面だけが静かに磨かれているような感覚です。
入手の面では希少で、素材としての存在感もどこか張りつめています。

用途と触感を簡潔に並べると、次のように整理できます。

原料主な用途例手触りのイメージ
障子紙・表具・奉書筋の通ったコシ
三椏印刷用紙・紙幣文脈の紙肌に吸いつくようななめらかさ
雁皮記録用紙・修復・日本画微光沢のすべり

こうして見ると、和紙は「同じ作り方で原料だけ違う紙」ではありません。
漉きの工程が同じでも、指先に返ってくる感触、光を受けたときの表情、向いている用途まで変わります。
工程理解が実用品の理解につながるのはこの点で、どの原料を選ぶかは、出来上がりの雰囲気だけでなく、使う場面そのものを選ぶことでもあります。

洋紙(木材パルプ)との比較視点

和紙の個性をつかむには、洋紙と対立させて語るより、どこで設計思想が分かれるかを見るほうが実感に近づきます。
水戸紙店の「『和紙とは(楮・三椏・雁皮)』」にある繊維長の目安を並べると、木材パルプは約2mm前後で、靭皮繊維の和紙原料とは出発点から違います。
木材パルプの紙は面の均一さに優れ、印刷や大量生産の文脈で合理的です。
一方で、光に透かしたときの見え方は、和紙のように繊維の流れや重なりが表情として立ち上がるものとは別の美しさです。

和紙は不均一なのではなく、繊維が生きたまま面をつくっています。
楮なら筋目の陰影、三椏ならやわらかな透け、雁皮なら艶を帯びた半透明感として、それぞれの原料が残ります。
洋紙の均質な白さに慣れた目で見ると、最初はむらに見えることもありますが、その差こそが手漉きの情報量です。
紙の表面に、原料と工程の履歴が消えずに残っているとも言えます。

触感の違いも大きいところです。
木材パルプの紙は、用途に応じてよく整えられ、筆記や印刷で安定した反応を返します。
対して和紙は、同じ「薄い紙」でも、楮には腰があり、三椏には柔らかい含みがあり、雁皮にはすべりと艶があります。
素材の差が触感としてそのまま伝わるため、手に取っただけで役割の違いが見えてきます。

この比較は優劣の話ではありません。
均一な面を求めるなら洋紙に合理性があり、薄さのなかに骨格や艶、透過の表情まで求めるなら和紙に強みがあります。
原料を知ることは、単に名前を覚えることではなく、どの紙がどんな場面で生きるのかを見分けることにつながっています。

紙漉き体験で見られる工程・省略される工程

多くの体験で省略される工程

紙漉き体験に行くと、記事で追ってきた全工程をそのまま最初から最後まで行うわけではない、ということがまず見えてきます。
多くの施設では、楮の刈り取りや皮はぎ、煮熟、塵取り、叩解といった原料処理はすでに済んでいて、参加者の前にはネリ入りの漉槽が用意されています。
原料処理から紙漉きまでは連続した工程ですが、体験ではそのうち「紙になる瞬間」を中心に切り出しているわけです。

そのため、実際の流れは、簀桁を受け取って漉槽から紙料を汲み、数回の揺らしで層をつくり、好みで花びらや糸などをのせ、簡易乾燥まで進む形が一般的です。
乾燥まで当日できる施設もあれば、湿紙の状態まで作って、仕上げはスタッフ側で行い後日受け取りになることもあります。
体験としては短時間でも、前段に多くの仕事が折りたたまれていると意識すると、目の前の一往復が急に重みを持って見えてきます。

実際にやってみると、最初は水の重さに手が引かれます。
簀桁の上に紙料を受けた瞬間、思った以上に腕に負荷がかかり、前後に返すつもりが水だけを勢いよく動かしてしまうことがあります。
それでも数回くり返すうちに、どこで水を返し、どこで受け止めるかという“切り返し”の間が少しずつわかってきます。
うまくいった一枚は、偶然ではなく手の中でリズムがつながった結果だと感じられて、この小さな成功体験が体験教室の面白さになっています。

見学のチェックポイント

見学中心の施設でも、見る場所がわかると理解の深さが変わります。
まず注目したいのは、簀桁の揺らし方です。
前後の動きは紙料を重ねるため、左右の動きは繊維を広げて面を整えるため、と役割が少し異なります。
流し漉きは「揺らす」と一語で済ませられがちですが、実際には前後・左右の切り替えにリズムがあり、そのテンポで紙の表情が決まっていきます。
手元をよく見ると、力任せではなく、水の戻りを受けながら動かしていることがわかります。

次に見たいのが、ネリの効き具合です。
判断の手がかりは、漉いたあとに水がどう抜けるかです。
排水が速すぎると繊維がその場で固まりやすく、逆にゆっくり落ち着くと簀の上で繊維が動ける余地が残ります。
トロロアオイ由来のネリは繊維を均一に分散させる役割を担いますが、見学ではその効果を理屈より先に「水の引き方」として観察できます。
漉槽の中身が同じ白い液体に見えても、その日の状態で手応えは変わります。

湿紙の扱いも見逃せません。
漉き上がった紙はまだ一枚の「紙」ではなく、水を含んだ繊維の層です。
それを重ね、必要なところで“めくる”所作には、破らず、ずらさず、面を保つための技術が詰まっています。
職人や指導員が湿紙を板やフェルトに移す瞬間を見ると、指先で持ち上げているというより、水の膜ごと受け渡しているように見えるはずです。
この所作を見ると、乾燥前の紙がどれほど繊細な段階にあるかがよく伝わります。

質問をひとつ挟むだけでも、見えるものは増えます。
たとえば「今日のネリは何由来ですか」と聞くと、トロロアオイを使っているのか、体験向けに別の材料を使っているのかが見えてきます。
「乾燥は板干しですか、鉄板ですか」とたずねれば、仕上がりの表面がどう決まるのかまで話が広がります。
工程名をただなぞるより、目の前の動作と道具に結びつけて聞くほうが、体験と記事の内容がつながります。

持ち帰り・所要時間の目安

体験施設で参加者が触れる中心は、紙漉き、装飾、乾燥の一部です。
所要時間は施設ごとの差が大きく、漉くだけで終わるところもあれば、色紙や葉、花びら、糸を入れて意匠を加える時間まで含むところもあります。
乾燥工程もその場で簡易乾燥機にかける場合と、自然乾燥や仕上げ乾燥を施設側で行う場合があり、持ち帰りの形も一律ではありません。

その違いは、体験の価値が変わるというより、どこを開いて見せるかの違いです。
当日持ち帰れる一枚は達成感がありますし、後日受け取りの方式では、乾燥で紙がどう落ち着くかまでスタッフが責任を持って仕上げられます。
見本が並んでいたら、乾燥前後で面の張りや波打ちがどう変わるかを見ると、漉いた直後には見えなかった工程の役割まで想像できます。

写真に残すなら、広い全景よりも手元の変化が伝わる場面が向いています。
簀桁を持つ手のアップ、花びらや糸を湿紙の上に置く瞬間、乾燥機に並ぶ紙や日干しの様子は、体験の流れを短くてもよく物語ります。
どの工程が体験できて、どこから先が施設側の仕事になるのかも、そうした場面を追うと自然に見えてきます。
施設ごとに内容、所要時間、当日持ち帰りの可否は異なるため、案内の記載もあわせて読むと、その体験が全工程のどの部分を切り出したものか把握できます。

まず押さえたい用語ミニ辞典

このセクションでは、工程を追いながら何度も出てくる言葉を、短く簡潔に、ただし現場の感覚に結びつく形で整理しておきます。
実際、用語を定義だけで覚えるより、「その言葉は何の役を持っているのか」でつかんだほうが、見学でも体験でも迷いません。
簀桁が出てきたら手の動き、ネリが出てきたら水の中の繊維の散り方、楮・三椏・雁皮が出てきたら仕上がりの表情、というふうに道具と動きが頭の中で結びつくからです。

楮(こうぞ)は、和紙の主原料としてまず覚えておきたい素材です。
役割で言えば“骨格役”で、紙の強さと腰を受け持ちます。
水戸紙店が示す目安では平均繊維長は7.3mmで、木材パルプよりずっと長い繊維が絡み合うことで、薄くても頼りないだけではない紙になります。
工房で楮紙を触ると、ふわっと軽いのに面がへたりきらず、筋の通った張りが残ることがありますが、その感触はこの“骨格”という言い方で覚えると腑に落ちます。

三椏(みつまた)は、“肌理とやわらかさ役”です。
楮ほど骨太ではなく、繊維が細く柔らかいため、表面がきめ細かくまとまり、手触りにも上品さが出ます。
平均繊維長の目安は3.2mmで、紙の雰囲気としては、強靭さを前に出すというより、なめらかさや緻密さを整える方向に働く原料だと考えると整理しやすくなります。
印刷に向くといわれるのも、この表面の落ち着きと関係しています。

雁皮(がんぴ)は、“艶と保存性役”として覚えると位置づけが見えます。
平滑で光沢があり、締まった表情の紙になりやすい原料で、修復や記録用紙の文脈で語られることが多いのもそのためです。
平均繊維長の目安は5.0mmで、楮と三椏の中間の長さですが、印象を決めるのは数値そのものというより、表面のすべりや微かな艶です。
実物を前にすると、光を受けたときの落ち着いた反射に「雁皮らしさ」が出ます。

ネリは、名前だけ聞くと糊のように思われがちですが、ここでの役割は接着ではありません。
水の中で繊維を均一に浮かせ、沈んだり固まったりするのを抑える“分散ヘルパー”です。
小原和紙のふるさとでも、トロロアオイ由来のネリが繊維の分散に働く旨が紹介されています。
現場で見ると、ネリは「くっつけるもの」ではなく、「すぐ落ちてしまう繊維に少し待ってもらうもの」と捉えたほうが実感に近いです。
その理解があると、漉槽の白い液体がただの水ではないことも見えてきます。
簀桁(すげた)は、紙を漉くときの“枠と網”です。
桁は外周を受ける木枠で、紙の大きさと形を決める骨組み。
簀はその内側にはまる、竹や樹脂で作られたすだれ状の面で、水を落としながら繊維を受け止める場所です。
簀と桁の組み合わせで一対になります。
体験で持つと、軽そうに見えて水を受けた瞬間に腕へ重みが返ってきて、ここで初めて「枠」と「網」が別々の意味を持っていたことが腑に落ちます。
枠は面を保ち、網は水を落としながら繊維を受け止める。
その二つが一体になって一枚の紙の輪郭をつくります。

流し漉きは、ネリを入れた紙料を簀桁で汲み、前後左右に揺らしながら薄い層を重ねていく、日本独自の代表技法です。
ここでは「何回すくうか」だけでなく、「どう返すか」「どこで水を逃がすか」という動きが紙質に直結します。
言葉だけだと難しく見えますが、“揺らして重ねる方法”と置き換えると急に像を結びます。
実際に見ると、職人の手は紙を作っているというより、水の流れに繊維を乗せて面を育てているように動きます。

溜め漉きは、それに対して“一度に厚みをつくる方法”です。
基本はネリを使わず、汲み上げた紙料を静かに落ち着かせながら水を切っていきます。
比較のために流し漉きと並べて覚えると、違いはすぐ見えてきます。
流し漉きが層を重ねて面を整える技法なら、溜め漉きは一回の汲み込みで厚みを受け止める技法です。
例外として少量のネリを含む場合もありますが、理解の軸としては「揺らして重ねるか、静置してつくるか」で押さえておくと、工房の説明も追いやすくなります。

ℹ️ Note

用語は素材名や工程名として丸暗記するより、「楮は骨格、三椏は肌理、雁皮は艶、ネリは分散、簀桁は枠と網、流し漉きは重ねる、溜め漉きは溜める」と役割で結ぶと、目の前の動作と一緒に記憶に残ります。

こうして並べると、それぞれは独立した専門用語ではなく、ひとつの流れの中で役割分担している言葉だとわかります。
原料が紙の性格を決め、ネリが水中の状態を整え、簀桁がその状態を受け止め、流し漉きと溜め漉きが層の作り方を変える。
現場で迷わない人は、たいていこの“役の違い”で言葉をつかんでいます。

学びを深める次のアクション

読み終えたあとに理解を一段深めるなら、工程を「知識として覚える」より、目で見比べて手で確かめるほうが早く届きます。
工程写真と体験写真を並べて比較すると、同じ作業でも「見る場所」が違うことが実感できます。
紙そのものを見比べるなら、楮・三椏・雁皮を一枚ずつ触るだけでも十分に情報量があります。
楮は面に芯が通った感じがあり、三椏は指先が引っかからず、雁皮は光が当たったときの返り方に独特の締まりがあります。
ここでおすすめしたいのは、同じ文様や同じ線画を三種の紙に写したものを並べてみることです。
模様自体は同じなのに、光の拾い方で線の見え方が変わり、透けの出方で余白の空気まで違って見えます。
文章で「艶がある」「やわらかい」と読むだけでは曖昧だった差が、三枚を横に置いた瞬間に腑に落ちます。
雁皮の微かな光沢、三椏のきめの細かさ、楮の骨格のある面が、一度に見えてくるからです。

読み比べの際に参照する工程写真や解説は、アワガミファクトリーなどの工程紹介が役に立ちます。
漉いたあとまでが紙づくりであることを示す写真は、この「漉いた直後の湿紙→圧搾→乾燥」という流れを伝えるのに有効です。

⚠️ Warning

工程写真は「漉く場面」だけでなく、圧搾後の紙の重なり方や乾燥時の面の張り方まで見ると、仕上がりの差がつながって見えてきます。紙の見本は、白さよりも手触り、透け、光の返り方の順で比べると違いがつかみやすくなります。

まとめ

和紙づくりは、原料処理から叩解、ネリ、紙漉き、圧搾、乾燥までが一続きにつながり、その因果をつかむと、工房でも体験でも見るべき場所が定まります。
流し漉きと溜め漉きの違いも、技法名の暗記ではなく、水の動かし方と厚みの作り方の差として見えてきます。
数字で覚えておくと理解はさらに輪郭を持ち、収穫の季節、原料の長さ、繊維長の違い、薄葉紙の薄さ、そしてUNESCOに登録された3技法という事実が、手仕事を抽象論で終わらせません。
紙を選ぶときは、薄さと強さ、艶と平滑、厚みのふくよかさのどこに心が動くかを確かめてみてください。
光に透かした一枚の向こうで、知識がそのまま手触りに変わる瞬間があります。

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紙ごよみ編集部

紙ごよみの編集チームです。和紙の歴史・産地・クラフトの最新情報をお届けします。

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